これから

著:朝霧ル

「爽真」
 名前って不思議だ。口に出すだけで、あるいは呼ばれるだけで特別な存在のように感じられる。もっとも、私は性格もあってか友達に呼ばれることは多いのだけれど。
「爽真」
 私の口がその形を象る度に、初めて名前を呼んだ、呼んでしまったあの日を想起する。彼の顔は赤くて、私の顔も絶対赤くて。あの日の夕日、あの日の彼の顔に落ちた影、あの日の彼の声を思い出しながら自室で布団に包まっている。
 呼んだ。呼ばれた。ただそれだけのことが、こんなにも嬉しい。
 明日もまた名前で呼べるかな。明後日は? 明々後日は? ずっとずっと呼びたい。呼ばれたい。だから私は明日も勇気を出して爽真くん、と、そう呼ぶ。
 そう決意を抱きながらいつの間にか眠りに落ちた。

「爽真くんっ!」
 名前って不思議だ。子供の頃から聞き慣れている言葉なのに、未だに呼ばれるとドキッとする。勿論例に漏れず、今回も。
 背後から不意に聞こえた声に肩が跳ね、それから振り返った。大学で自分の名前を呼ぶのはたった1人だ。
「おはよう……こ、こころちゃん」
 呼ばれるのと同時に呼ぶのにも慣れない。口を動かそうとする度になんだか顔が熱くなるし、緊張する。それでも呼び続けるのは、彼女の眩しい笑顔が見れるからだ。彼女の喜びが、伝わってくるから。
 本当はこんな朝一に取っている講義なんて無いけれど、彼女が見たくて大学に来ていた。今までは陰でこっそり視界に収めつつ自習に向かい講義までの時間を潰していた。それが今では挨拶を交わす。
なんて夢のような日々だろうと噛み締めていると、彼女が自分の顔を覗いていることに気付いた。
「あ、う、どうかした……?」
「ううん、今日も幸せそうだなって」
 屈託のない笑顔で彼女がそう言う。心を見透かされているかのようで鼓動が力強く脈打った。
 そうだね、と返すと彼女はより眩しい笑顔になる。
「……? 変なこと言った、かな……?」
 ううん、と彼女は首を振った。
「爽真くんって、変に謙遜しないし飾らないよね。幸せそう、って言われてそんな力強く肯定する人なんて中々いないよ?」
 ころころと笑いながら彼女は歩みを速めた。自分よりも前に出る。確かにそうかもしれない。彼女と過ごす時間が幸せというのが自分の中では当然すぎて反射的に答えてしまった。前を歩き始めた彼女が不意に足を止め、振り返る。
「爽真くんのそういう楽しそうなとこ、好きだよ」
 私まで楽しくなってきちゃうからね、と言い残すと彼女は早足で自分の前から去っていってしまった。取り残された自分は立ち止まり、風が自分を追い越していく。いつまでも顔が熱い自分に、風がもう夏ではないぞと告げていた。

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先日制作していただいた小説を読んでくれた友人の朝霧ルさんが爆速で書いてくれました
え??最高???これです これ これだよ これだね もうコンテンツじゃん!!!!

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